『約束の場所』
「ただいま…。」
そっと扉を開けた良太郎に、愛理が顔をあげる。
「あら、お帰り、良太郎。」
姿を認めて、にっこりとほほ笑む。
「あ、良太郎君!待ってたんだよ!」
「三浦君どきたまえ!良太郎君、今日ぜひ三人で食事に」
「黙れ!それは今私が言おうと」
わーわーと騒ぎだした常連達に、良太郎は苦笑する。
「えっと…姉さんに直接言った方が…」
その言葉に三浦と尾崎が同時に愛理の方を見る。愛理は視線に気づき、にっこりと笑った。
「良ちゃん、今日の晩御飯はハンバーグにするからね。」
ひき肉を冷蔵庫から取り出した愛理を見て、三浦と尾崎はまた喧嘩をしながら店を出て行った。
ちゅんちゅんと小鳥が鳴く、のどかな昼下がり。
封筒をきちんと閉じた丈瑠は黒子に封筒を渡し、立ち上がった。
しばらく当たりを見回した後、とん、と写真立てを棚に置く。
「殿!」
呼ぶ声に振りかえる。足音を立てて近づいてきた彦馬が丈瑠を見つけて早足になる。
「おお、殿。姫がお呼びです。」
「…母上が?」
「ええ。何やら楽しそうな御様子で。」
「こら!姫を待たせるとは何事…」
後ろからやって来た丹波が丈瑠を視界に入れ、頭を下げる。
「…丹波。母上が呼んでいると?」
「は。奥の間でお待ちです。」
「わかった。すぐに行く。」
丈瑠は首を傾げながら歩きだす。その後ろ姿を、老臣達はほほえましく見送った。
「ねえ、良ちゃん。」
「何?姉さん。」
「今日の夕飯、ハンバーグにしようと思うんだけど」
「うん。さっき聞いたよ?」
しばらく言葉をきって、囁くような小さな声で愛理は言った。
「…桜井君も好きかしら?」
不安そうに笑う愛理を少しだけ唖然と見つめ、それから良太郎は嬉しそうに笑った。
「うん。絶対好きだよ。」
「そう?あ、じゃあリュウちゃん達も誘えるかしら?ハンバーグパーティーしましょう。」
「リュウちゃんって…リュウタロス?」
「ええ。他のみんなと、コハナちゃんも呼んで、ね。…駄目かしら?」
「ううん、きっと喜ぶよ。あ、じゃあ僕買い物行くついでに呼んでくるね。」
「あ、良ちゃん。」
呼び止められ、良太郎は愛理を振りかえる。
「何?」
「…桜井君には私から電話するわね。」
その少し恥ずかしそうな表情に、良太郎は小さく頷いた。
「…わかった。よろしくね。」
くるりと愛理に背を向けると、良太郎は買い物袋と財布を持って店から出、自転車にまたがった。
パンパン、とクラッカーの音が鳴り響く。
「…何の騒ぎですか?母上。」
紙吹雪を払いながら聞いた丈瑠に、薫は笑って答えた。
「いや、まだ祝いをしていないのを思い出してな。」
「祝い?何のですか?」
「決まっているだろう?」
わからないか?と薫が丈瑠を見る。丈瑠は困惑し、部屋の中を見た。
中にいるのは、いつもの家臣達。
机の上にはさまざまな料理。薫がにっこりと笑って、言った。
「お前が志葉家十九代目当主を継いだ祝いだ。三年越しになってしまってすまないが。」
呆気にとられた丈瑠の目の前に、分厚い封筒が差し出される。
「殿、改めまして、就任おめでとうございます。こちらは池波から預かりました承認書です。」
「おめでとう、丈瑠。これは白石から。みんなびっくりしてたけど、よろしく伝えて欲しいって。」
「はいよ、家からもあるぜ。なんか大変そうだけど、頑張れよ殿様。」
「お姉ちゃんから預かりました!殿さま、これからもよろしくお願いします!」
四人が取り出した紙の束を、丈瑠が受け取る。ずしりと腕に重みが伝わった。
「…良かったな、丈ちゃん。」
源太がポン、と丈瑠の肩に手を置く。少しの間何かをこらえて、丈瑠は口を開いた。
「…ありがとう。」
その言葉に、皆が微笑ましそうに笑った。
とん、と小さな音を立てて、良太郎は写真立てを置いた。
「良太郎、なにやってんだ?」
「もらった写真を飾っておこうと思って。」
「あれ?そんな写真いつ撮ったの?」
ウラタロスが写真を見て首を傾げる。良太郎はさあ、と首を傾げた。
「僕も知らないんだ、もらいものだから。」
「あ。もしかしてあの時かも…。」
シャッター音を聞いていたハナが呟く。
「なんや、ほんなら撮ったんはディケイドかいな。」
「いやー良い写真だなあ!」
「そうだね。」
良太郎は写真から目をそらし、店の中を見る。
ハンバーグを焼いている愛理と、傍らで手伝う侑斗。そしてそれを少し離れたところで、不器用に眺めるリュウタロス。
「…もしかしたら…」
「皆の者!私の食事はまだか?」
「うるせえ手羽野郎!」
「ちょっと先輩、暴れないでよ埃が飛ぶじゃない。」
「そうだ!せっかくのハンバーグが台無しだ!」
わいわいと騒ぎだしたイマジン達を、良太郎は苦笑してなだめる。
そうして、ゆっくりと時間は流れていった。
「よっし!今日はめでてぇお祝いだ!さっさと食おうぜ!おフランスで鍛えたこの腕!披露してやらぁ!ダイゴヨウ、ネタ!」
「合点でい!」
源太がハチマキを巻きなおす。ことはと千明が飲み物を物色し始め、茉子と流ノ介は料理を取り分ける。
「そうそう。お姫様、寿司握ってみねえ?」
「む?良いのか寿司屋。」
「おうよ!丈ちゃんもやってみるか?」
「いや、今日は食べる方に専念する。」
特に大食らいではない丈瑠の言葉になんとなく不自然さを覚えて、皆が作業の手を止めて丈瑠を見た。
「…殿様だからな。」
少し間があって、その言葉に全員が噴き出した。
「あははっ!そうよね、殿様だったら座ってないと!」
「上げ膳据え膳っていうんだっけ?いいじゃん、そうしてろよ!」
「殿さま!飲み物は何がええですか?」
「殿!料理の方はこれで?」
丈瑠が上座に腰を下ろし、家臣達が笑いながら丈瑠をもてなす。
夕刻から始まったその宴は、夜中まで途切れることは無かった。
街角の小さな喫茶店。
明かりの灯ったその店の中で繰り広げられるパーティ。
とある和風の大きな屋敷。
光に満ちたその屋敷の中で繰り広げられる宴。
騒がしく、優しく、やかましく、暖かく、誰もが笑うその時間こそ。
楽しく、愛しく、眩しく、微笑ましく、誰もが笑うその空間こそ。
彼等がずっと求め続け、辿り着いた約束の場所。
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お疲れ様でした!
うん、幸せでよかった。特に愛梨さんと侑斗。(あ?違う?)
リュウには不憫だけどイマジンだしねー(^^ゞ
楽しませていただきました!お疲れさまです。
次回作も…(その前に卒論かぁ)楽しみにさせていただきます!