月草雑記帳

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百年文庫大作戦


百年文庫大作戦「音」


というわけで(え)、第一弾は百年文庫5、「音」です。
1が見当たらなかったから好きなの選ぼう、と思って最初に手に取ったのが「音」でした。
理由としてはただ幸田文さんの文章が結構好きだからというだけです…ハイ。
では折角読んだので一言感想でも。


「台所のおと」幸田文
 全然恋愛要素ないのにすっごいきゅんきゅんしました。幸田文さんの文章は随筆?みたいなのしか読んだことなかったんですが小説もいいんですね!


「美川の鈴」川口松太郎
 こういう結婚もありかな…と思ってたのでちょっとラストはびっくりしましたね。でもすごくほほえましい感じでした。


「斑鳩物語」高浜虚子
 奈良にトキメイタのは言うまでもない(笑)。機織りにもすごい憧れがあるのです。こんな旅館泊ってみたいぜ!


全編通して、「音」が人(主に男性)にとって人(主に女性)を象徴するものになっているんだな、と思わされました。それでは、読んだ後にリオンが書いてみた短編です、興味のある方のみどうぞ。







「合図の音」


「私が化粧してるところ見たら、別れるから」
同居を始める日、あまりにもきっぱりと言い切られた所為で、俺はただ頷くことしか出来なかった。
一応断っておくと、スッピンを見るなと言われた訳ではない。元々、あまり化粧っ気がある女でもないし、スッピンだろうと彼女なりのフルメイクだろうと俺にはあまり違いがわからないぐらいだ。
俺が約束させられたのは「化粧をしている彼女を見ないこと」。随分立ってから恐る恐るその理由を訊ねると、彼女ははにかみながら言った。
「だって、人に見せれる顔じゃないんだもん」
まぁ考えてみれば俺もコンタクトレンズを目に入れてる瞬間を人に見られたいとは思わない。あっかんべーをしてるみたいだし、なんだかマヌケ面だ。
そんな訳で俺は化粧が行われている間中、本やテレビの方を向いていることになっている。彼女の化粧は十五分ほどで終わるから耐えられるが、これで三十分や一時間も化粧をされたら俺は彼女にもう化粧をしないでくれと懇願していたことだろう。


化粧にはいろいろ手順があるらしいが、日によって違うらしい。らしいを連呼しているのは俺が化粧している姿を見ることが許されていないのに加え、化粧品にも詳しくないからだ。一度気紛れで化粧品について聞いたとき、にっこり笑って「やってあげようか?」と言われた恐怖は忘れられない。あの目は本気だったと思う。当時髪が長かったのも影響したのだろうか…俺はそのままそそくさと家を飛び出し、散髪屋に駈けこむ羽目になった。
そんなわけで、俺には「化粧」というものが具体的にどういうものなのかは全くと言っていいほどわからない。姉や妹もいないので、人によって違うのかもわからない。母親はいるが、母親の化粧をじっくりと見る息子なんてそうそういないだろう。
ただ、決まっていることがある、らしい。化粧の最初は「かたん、きゅっ、ポンポン、きゅっ、かたん、ぺちぺち、パンパン」で終わりは「ぱっ」であるということだ。俺の表現力の問題はさておき、まあだいたいこんな感じに聞こえて来る。おそらく「かたん」は何かを取り出す音で「きゅっ」は蓋を開けたり閉めたりしている音なんじゃないだろうか、ということくらいは見当が付いている。「ぺちぺち」「パンパン」は何かを塗っていると言うよりは叩いている感じがする。まあそれがわかったところでその叩いていることにどんな意味が有るのか、そもそも何を叩いているのか、俺にはさっぱりわからない。
そんなわけで、俺はいつもその謎の「かたん」や「きゅっ」を黙って背中で聞いていた。間違っても鏡を見るなんてことはしない。「ぷしゅー」とか「しゃかしゃか」とか、わりと謎の匂いがしても、俺は頑張って微動だにしないことにしている。そして化粧が終わると、あいつはにっこりと笑って俺を見る。
「お待たせ、行こっか」
 俺はやれやれと立ち上がり、のろのろと靴を履く。その時に決して「遅い」だの「化粧が長い」だの文句を言ってはいけないことは知っている。無駄に怒らせて折角のデートが台無しになるのは嫌だったし、そもそも化粧を待っている時間を、俺は嫌いじゃなかった。
化粧の度に香る甘かったりすっぱかったりする不思議なにおいも。
小気味よいテンポも。
おそらく目を向ければそこにあるだろう間抜けな、真剣な顔も。
そしてその全てが共に出掛ける俺の為であると言う事実も。
俺は全部が好きだった。
 だから俺はテレビを見ているふりをして、雑誌を読んでいるふりをして。
 持てる力の全てを聴覚に集中して。
 化粧の音を聞いている。
 それは楽しい時間でもあるが、試練の時でもある。何も見えなくなって、彼女の化粧の気配だけを全身で感じていると、「これからデートに行けるんだな~」とか「今日はどんな服なんだろう」とか「今日もかわいいな」とか思考回路が段々おかしなことになっていき…最終的になんだかもう、やりきれない…いや、我慢できなくなってくる。化粧なんていいから、一分一秒でも彼女に逢いたくなって来る。
 さっき「耐えられる」と言ったのはそういうことだった。下世話な言い方を磨れば、「理性が」我慢できる限界だということになる。そして、我慢できなくなった時が俺達の関係の終わり、らしい。


「そろそろ出かける準備するか?」
「そうね。じゃあ、今から着替えて化粧するわ」
「ああ」
 彼女が鏡の前に立つ。俺は準備しておいた雑誌を手に取り、ソファーに身を鎮める。
 そのまま目の前のテレビを点ける。よくわからないレポーターが知らない街を案内している。
 テレビを点けて、雑誌を開いて、そして俺は、全神経を耳に集中させる。
 彼女が「ぱっ」と音を立て、最高の笑顔を俺に向け、「お待たせ」と言ってくれる、至福の瞬間の為に。
 俺はひたすらに、化粧の音を聞き続けている。

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