「時を刻んだ砂」
からん、と軽い音を立てて扉が開く。
「いらっしゃいませ…あら。」
入ってきた男性客に愛理がすっと笑顔を見せる。
「こんにちは。お久しぶりですね。」
「こんにちは、愛理さん。しばらく出張だったんですが…ここのブレンドが恋しくて。」
「ありがとうございます。」
カウンターに座った男性客に珈琲を出してから、愛理はふと思い出したかのように黒い砂時計を取り出した。
「あの、これ、以前忘れて行かれましたよね?」
男性客はしばらくそれをみていたが、やがてぽんと手を叩いた。
「ああ、こんなところに。どうもすみません。」
「いいえ。これ、素敵ですね。どこでお買いになられたんですか?」
「え?ああ、いやこれは友人のものなのでわからないんですが…。」
「あら、そうなんですか?」
「ええ、預かりものです。」
「そうですか。」
少し残念そうな愛理に男性客は慌てて声をあげた。
「あ!…よかったら差し上げますよ?友人もきっと」
「え?いえ。それには及びません。お返しします。」
す、と愛理がカウンターを離れ、席の隣に立つ。
男性客も立ち上がり、それを受け取ろうと手を伸ばした。
刹那。
手渡す腕と手渡される腕がほんの少しすれ違い、砂時計は手から離れた。
かちゃん、と軽い音が響く。
ぱりん、と壊れる音がして。
声を上げる間も与えず、いとも簡単に砂時計は砕け散った。
愛理と男性客はしばらくぽかんとしていたが、やがて愛理は口を開いた。
「…あら…すみません。せっかくの時計が」
「ああ、いえ、いいんですよ。どうせもらいものでしたから。それよりお店が…」
男性は慌てて時計の破片を拾う。
愛理はほうきとちりとりで破片を集め、袋に入れた。
「弁償させてもらいますね。おいくらでしたか?」
「いえ、言った通りもらいものですから。値段とかわからないっていうか、もう誰からもらったかすら忘れたくらいで…だから気にしないでください。」
「…そうですか?すみません。」
「いえ、こちらこそ。」
「では、珈琲一杯、サービスしますね。」
「え?いいんですか?」
そうして二人は談笑に戻る。
壊れた砂時計は、躊躇われることなく捨てられた。
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